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感想ノート

観劇の感想など。一部ネタバレしてます。

朝彦と夜彦

「朝彦と夜彦」観劇しました。
赤坂REDTHEATER、キャパがちいさいので、いつも観たい芝居は完売してて、初めて来ました。
まず、まわりが飲み屋さんばっかりで、目移りしてしまう〜(笑)ご贔屓ちゃんのファン友達の方はみんなよく飲まれるので、ご贔屓ちゃんがこの劇場さんに出てくれたら、毎晩楽しいなぁと開演までずっと妄想してました。
ロビーも客席も雰囲気よかったです。きれい。ロビーが白くて、客席が黒いんだけど、それがすごくこの作品にぴったり。終演してぼんやりしながら、ロビーに出てきたとき、夜明けのような気分になって、ああ朝が来たなぁと。意図してるのかしてないのかはわからないけど、すごくいいチョイスだなぁと。

以下ネタバレ、かつ文章めちゃくちゃです。

朝彦と夜彦、ちなみに私が共感したのは、朝彦より夜彦。私も朝彦がうらやましいから。凡庸な幸せを夢見ることができることが、できない人にとっては何よりもうらやましいことだ。そういう、自分には手の届かないものを持っている人はとにかくまぶしい。まさに、夜彦にとって、朝彦は太陽だったんじゃないだろうか。鬱の人は太陽の光を浴びるとセロトニンが生成されて、気持ちが晴れると聞いたことあるのですが、まさにそれだったのではないかなぁ、なんて思いました。朝彦からしたら、そこまでの人間じゃないって気持ちになるかもしれないけど、夜彦にとっては本当にそういう存在だったんだと思う。

そういえば、なんどもふたりは名前が一文字違うだけ、出席番号が前後なだけと言っていて、繋がりはないのだと繰り返していた。他者の強調だったんだと思う。パンフレットでも、中屋敷さんは「親友だとしても、他人と完全に理解し合うなんてできない。」と書いてあった(はず)。それはすごく共感した。なかなか、1から10まで人のことを理解できない。そして、1か10をつけること、YESかNOで断定することなんてできない。だから、3で濁す。曖昧におともだちでいるほうが楽だから。だって、人のことはわからないもの。断定したら、そこで関係は終わるかもしれないじゃない。そして、他者をわからないと思うとき、やっぱり私以外は私じゃないんだと当たり前のことに改めて気付く。なんどもなんども。すぐ完全な理解をしたくて、求めて、忘れちゃって、何人かおともだちとやらをなくした。そのうち、私はある程度のことを諦めることにしたのだけど、それはそれでさみしく感じるときもあるのだ。
朝彦と夜彦も、たぶんお互いのことは一生理解できない。夜彦は朝彦の凡庸なしあわせを手に入れることはできないし、朝彦は夜彦の抱えてる闇を理解できることはないと思う。理解できないのに、それでもお互いがお互いのことを、その理解できないものがあるからこそ、その人なのだと認識して、その上でお互い10を求め合う姿は、すごくうつくしいものに見えた。それは、手が届かないからうつくしいのか、理想だからうつくしいのか、わからないけどうつくしくて、たぶん私がかつて求めたことのあるうつくしさだったように思う。

あと、丁寧に描かれていたのはすべては「表裏一体」ということ。生と死。善意と悪意。愛と憎しみ。一見反対に見えるもののすべてが、たぶん紙一重であるということ。誰より死にたかった夜彦が、本当に欲しかったのは生きる意味だったんだと思うんだけど、そんなありきたりな言葉では表現しきれないほどの感情を、死にたいという言葉に怯える夜彦から感じて、あのシーンは涙が溢れてしまった。生きる意味を見つけられず死んだ父しか知らない夜彦には、生きることは苦しいことだと認識していた。自分を愛してると言って死んだ父しか知らない夜彦には、愛は永遠に自分を守るものではないと認識していた。生きる楽しさや永遠の愛なんて知らないから、それを理解なんてできなかったと思う。そんな夜彦に、朝彦がくれたものは表面的には別に生きる楽しさでも永遠の愛でもなかったはず。死への誘いと裏切りだったはず。なのに、それが夜彦の心を変えたというのが、まさに表裏一体。夜彦はそのあと、憎しみを覚えて、30歳の誕生日まで生きるのだから。

さて、キャストさんですが、まずは桑野こうちゃん。私は、こうちゃんのことはかなり好きの部類の俳優さんで、案外よく観るんだけど、ここまで声が素敵なの気付いていなかったです。特に30歳の朝彦の低音が、とてもよかった。こうちゃんって童顔だと思うんだけど、疲れた30歳の表情もとてもよくて、どんどん魅力的になるなぁって思った。でも17歳の朝彦は本当に太陽なんだよなぁ。時折、未来に何も疑いのない朝彦がこわかったくらい。朝彦は別に天真爛漫なわけじゃなくて、結構本人は本人で悩んでるし、明るくもないんだけど、でも「普通」のラインにいるの。とにかく、「普通」だから、得体の知れないものに見えた。
褒めてばかりですが、敢えて突っ込むとしたら、少し噛みすぎかなぁ。せっかく声が素敵なので、噛むと地声に戻るのがもったいないなと。

法月くんのお芝居は初めてでした。(恋するブロードウェイは観たことある。) 想像以上でした。17歳の夜彦、30歳の夜彦、朝彦の妄想夜彦、全部違う夜彦なんです。時代の切り替わり、多分わかりにくいんですけど、夜彦の顔でわかる。全然ちがうから。個人的にいちばん好きなのは妄想夜彦です。妄想夜彦とは言ってるけど、あれが夜彦の願いなんじゃないかなぁ。すこやかに、あの頃と変わらず、太陽のような朝彦でいてほしいという。その場面で、光の中でニコニコしてる法月くんが、今にも消えそうで、なんだかとてもかなしかった。

しかし、あまりに、法月くんが儚いから、本当に夜彦は死なず、30歳の誕生日を迎えたんだよね?って、不安になってしまったよ。自殺エンドと生存エンドが平行世界にあって、自殺エンドのときが妄想夜彦で、朝彦は来なかったのに、それでも13年後の凡庸な幸せな世界で生きてる朝彦の幸せを願わずにいられずにいるんじゃないかって、ふと思ってしまった。もちろん、正規ルートは生存エンドで一緒に誕生日をお祝いするの。このときの夜彦はとても人間味があってじんわりする。朝彦が少しずつ、夜彦を暗闇から引っ張って、いまふたりでコーヒーを飲みながら朝焼けを見ているような、そんなやわらかさだった。(※妄想です)

最後に、演出の中屋敷さんはすごい。なんかこんな言葉で表現するのはアレなんですけど、「萌ポイント」が一緒だなって思いました。(すみません。)作品の、俳優の、とても綺麗なところを、すごく綺麗に見せてくださるなぁと。俺とお前の関ヶ原とか観に行きたかったんですが、行ってないんですよ〜。もったいなかったな。(え?Dステもやってた?…ふーん…笑)ツイッターで書いてたネタバレツイートを見ても、なんだかとても共感しました。我々には決められない関係性の儚さ…わかります…。

原作の菅野彰さんは、初めましてでした。とてもとても作品の雰囲気も好きで、文字を読んでみたいと思いました。調べて買ってみようと思います。エッセイも面白そう。ビールお好きなのかな?ドキドキ。

そんなわけで「朝彦と夜彦」を観劇して、久しぶりにぼんやり泣いて、帰ってもぼんやりして、お酒傾けて、文字をしたためるという経験をしました。そうすると、体がほんわかして、疲れがすーっとするんです。スケジュール調整して、もう1回観れるといいなぁ。